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←山崎酒店店主「山崎豊吉」氏
昭和28年「山崎酒店」を開業した店主の豊吉氏は、店を経営しながら、昭和53年まで酒造メーカーの「笹一」に勤務していました。その頃は、「越後杜氏、南部杜氏」という言葉に象徴されるように、雪国から出稼ぎにきた50人もの酒造り職人がいたそう。
最近は、機械化が進み、また出稼ぎにくる職人も減ったこともあり、現在は10人前後になりました。

←案内された「湧水」前の山崎氏
毎年11月に、500〜600�(家庭用のお風呂だと2つ分位)2時間かけて汲み、山梨の醸造元「笹一」まで運びます。この水で「酒母=しゅぼ」を培養して仕込み、”湧水が育んだ”「武蔵国分寺」ができあがる。
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