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ジネット・ヌヴー協会ジャポン

クラシック/文藝 CD 制作

ジネット・ヌヴー協会ジャポン

オリジナル CD 企画・制作  蓄音機コンサート

EST.1989  ジネット・ヌヴー協会ジャポン に ようこそ                       ▼  GINETTE NEVEU (1919〜1949) ▼                                    ■ Copyright & copy ; 2005-2007 Esou-sya Publishing House. All right reserved. ■

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 ■ ご 挨 拶 ■

いつもたくさんの方に 当ホームページを ご覧いただき ありがとうございます。
アクセス数累計13000を数え 国分寺市商工会の週ごとのアクセスランキングも常に上位に入っており 嬉しく思っております。
     ● 2007/12-16 ●

企画制作は 徐々に面白い展開に向かっており ロンドンのヘンデルハウス(博物館:ラルゴが作曲された ヘンデルの住まい跡 )にもCDが届けられました。また 折々に詳細を 御報告させていただきます。 

「ヘンデル/ラルゴ名奏集 24K GOLD DISC(純金CD)」は 制作から15年目を迎え 新たな輪が拡がろうとしております。

ここのところ 声をかけてくださるところには極力 努めて出かけるようにしております。気候不順には まだまだ 順応できかねることも多々あり 予断はゆるせません。

これから寒さの厳しい季節となりますが、皆様どうぞご自愛下さいますよう。


                                   敬 具



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

■「喜びのタネまき新聞」に掲載されました ■

ダスキン発行の「喜びのタネまき新聞」(600万部)に、年末・年始に行われた
“あおぞら蓄音機コンサート”の模様が見開き2ページにわたって紹介されました。


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■“ちくおんきコンサート”これからの予定■

“ちくおんきコンサート”が、以下の通り行われます。
みなさま、お誘い合わせの上どうぞお運び下さい。

◆3月30日(日) お鷹の道にて
          (武蔵国分寺境内脇、ホタルのすむ川・野川源流長屋門前)

◆4月6日(日)  武蔵国分尼寺址 黒鐘公園

◆4月13日(日) 武蔵国分寺 万葉花まつり

 ※いずれも、11時〜14時頃に開催



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■ おもてなし事業再開! ■

3月2日(日)より毎週日曜日 11:00〜16:00

武蔵国分寺史跡 お鷹の道にて  ※雨天休業※

昨年夏に行われ好評だった“おもてなし事業”が再開します。
お散歩のついでに、どうぞお立ち寄り下さい。

 http://yatai-farm.com/event.html#omotenashi


■ ちくおんきコンサート開催 ■

 ◆日時:3月8日(土)17:30〜20:30

 ◆場所:コレクション・ギャラリー&茶
     国分寺駅南口
     国分寺市南町3-18,10-101

 <お問合せ> 042−325−1107(宮原)まで。


 ※同日JR主催で行われる“駅からハイキング&ウォーキング”に
  ちくおんきで参加いたします。

  お鷹の道 本多屋敷長屋門前にて
  11:00より蓄音機演奏。




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■ アクセス数 13000突破 感謝 特別セール ■

■  12月20日(木)〜〜 1月10日(木)  ■

◆ CD ご注文の方 抽選により もれなく プレゼント ◆
    
  
  『ヘンデル/ラルゴ名奏集 I 』
 24K ゴールドディスク(純金CD)



   『SGNJ−1001 (G)

   ■ ヒーリング ミュージックの 定番というべき
     オンブラ・マイ・フ(なつかしき木蔭よ オペラ『クセルクセス』より )
     声楽・器楽・室内楽による 歴史的名演 全12曲 

      E・カルーソー / T・スキーパー / B・ジーリ / L・レーマン
      C・クルマン / G・カサド / B・ハリスン / 林リリ子・林 光
      H・カン / B・ブラック / N・マリナー アカデミー室内楽団

   ■ リリース 15年目の ロングセラー 高品位作品

   ■ ライセンス製造 EMI


   ■ 19世紀末 世界初のレコード レーベルとして誕生した ライティング エンジェルは
     ニッパー犬で知られる HMVマークに先んじて使用された レコード文化の宝珠です。
     このマークを使用しての 現行流通のCDは ほとんど見かけることがなくなりました。
     15年前は 世界各地で見られたのでしたが 弊協会のCDは 今では 稀少な存在です。

     世界各地に展開した EMIレーベルは 大英帝国 グレートブリテンの名残でもあったのでした。
     中近東 インド アジアの民俗音楽の多くが EMI技術陣により録音されました。
     それらの貴重音源たちに 今 あらたな視点から 光が当てられようとしています。 
     
   ■ 1877年の シャルル・クロ(仏) トーマス・エジソン(米)による
     トーキング マシーンの 発明より 130年目の本年。

   * 初めてレコード録音を試みたのは、1877年、フランス人、シャルル・クロで
     平盤を使用しての実験だった。
     シャルル・クロ Charles Cros は、フランスの詩人で、発明家としても知られ、
     1877年にトーマス・エジソン Thomas Edison に先駆けて
    「音響現象を録音し かつ再生する方式」に関する論文を書いた。
     また、のちにカラー写真技術に採用された数々の写真方式も彼の発案とされ、
     フランスでは、シャルル・クロ アカデミー Academie de Charles Cros が
     設立されている。


     シャルル・クロの試みの数ヶ月後、トーマス・エジソンが、円筒(錫箔)による
     録音再生機を発明、
     発表と特許申請が速やかに行われたため、一般には、エジソンの発明とされ
     ている。

     弊協会制作 『ラルゴ名奏集』 は 
     1920年 アコースティック録音から  
     1990年代 デジタル録音まで レコーディング技術の変遷を 音で
     たどる コンピレーション アルバムとなっております。


   市販 通常価格  3000円 ですが 価格改定することなく
 
   旧盤価格のまま  2300円(税込)にて 発売中。 

   直接申し込みの方には 送料無料にて お送りしております。 ■



    ♪ ♪ プレゼント内容 ♪ ♪

       主宰者が選んだ 国分寺市内 名店の御食事券


      a  不動橋 すっぽん店の 活鰻蒲焼  《 東鮨 》       1名 

      b  泉町・手打蕎麦 ( 田舎せいろ )  《 山泉 》        2名

      c  武蔵國分寺 お鷹の道     《 おもてなし事業 》
            こもれびカレー (セット)                6名 


       主宰者が選んだ 国分寺市内 名店のお土産


      d  武蔵台 天然酵母パン   《南部》            2名   

      e  本町・駅前の 手作りジャム    《多根》        3名

      他 全員  

       ♪  円山・玄さんの 焙煎珈琲バック 《コクテール堂》


 

       a 〜 c は 市内周辺地域にお住まいの方が対象となります。

        メールにて 御注文 ・ 御応募ください。

         ⇒ ⇒   sgnj@hotmail.com
       (本ホームページ トップ 《データ》をクリック ) 



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■ FM多摩生出演決定♪ ■
12月25日(火)、FM多摩に生出演いたします。
スタジオに蓄音機を持ち込んでの放送です。
ぜひ、チャンネルをあわせてみてください。

 ◆12月25日(火)16:25〜16:40
  FM多摩 77.6MHz“どこでもTAMA”



■ あおぞら蓄音機コンサート開催! ■

昨年末大好評だった、蓄音機コンサートを今年も開催いたします。

 日 時:12月24日(月)〜29日(土) 18時30分頃〜
     ※年明けにも開催予定。

 場 所:中華料理「露処(ろこ)」店頭にて(西国分寺南口)

師走の慌しい時期とは思いますが、静かに響く蓄音機の音色に耳を傾けて
みませんか?お買い物のついでに、お仕事帰りに、ぜひ足をお運び下さい。

28日(金)には、ぜんざいを無料で振舞わせていただきます。
お誘いあわせの上、ご来場下さい。


アサヒタウンズ(12月20日版)にも、紹介記事が掲載されます。


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■ 「120年の時超え対面」(12月5日:朝日新聞多摩版)

 信時潔生誕地・日本キリスト教会大阪北教会の森田幸男牧師と、信時の長女熊谷はるさん、孫の茂さんがはじめて対面し、故人を偲びました。

記事の中の橋渡し役の大阪出身者とは、弊協会主宰のことです。

 http://mytown.asahi.com/tama/news.php?k_id=14000000712050002


森田牧師は、12月2日の祭日礼拝の説教『あなたの願いは聞かれている』の中で、この対面のことに触れておられます。

 http://homepage1.nifty.com/kita-kyokai/


 

 
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■ 大学連携 地域連携協議会 活動 速報!!

 うぐいすの声 木洩れ日の翠 ハケの湧水

        お鷹の道に 新しい おもてなしスポット 

 7月1日(日)から始まりました 

        お鷹の道 こもれび スポット

     ワンコイン カレー 大変 好評です。



 7月24日 (火) 朝日新聞 多摩版 に掲載されました。
    (7月22日 取材・撮影 )


 ◎ ⇒ ⇒ 「 史跡めぐりに一息 市民がおもてなし 」

 http://mytown.asahi.com/tama/news.php?k_id=14000000707240002

     ■ 毎週日曜日 11:00から 16:00まで
     西元町 武蔵國分寺 紅葉亭前にて 
移動車による 美味しい 手作りスープカレー店が オープン !! ■
 

       南インド 直伝 チキンカレー     500円

        セット カレー              700円 

       チャイ スパイシー ティー      300円          

       お寺 境内の 湧水珈琲 ( ホット / アイス )  300円

       ビール                  400円

       発泡酒                  300円 


       地元産 野菜をふんだんに使った 手作りキッチン 
     
       ◎ お茶 無料


        地域連携協議会 / 東京経済大学・福士正博ゼミ

        国分寺市商店連合会 / 国分寺市役所 観光課 


 
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■ むさし商興会 速報!!

 恒例 納涼 盆踊り大会

     泉町 多喜窪公園 にて 本年も 

 8月18日(土)に 開催します。!!■



       大好評 屋台 謝恩 サービスメニュー 


       名物 焼きソバ         100円

       焼き鳥( 上 ) 塩 / タレ   100円 

       わたあめ             50円          

       かき氷              100円

       ビール              250円 
           
       ジュース             100円


       ゲーム              50円              


      毎年 大勢 ご参加いただく 手作りのお祭です。
 
      おさそい合わせのうえ ふるって ご参集ください。



     一度 蓄音機で 定盤の「 炭坑節 」やってみようかな ? 

     童謡は 児童館でも 好評だしね。

     「電車ごっこ」ゆかた着で ロープ 輪にして

     ♪〜 運転手はキミだ 車掌はボクだ 〜♪

      悪くないね ?

      受けるよ きっと。

     技術的に どうかしらね ?

     ゼンマイが切れたり 不測の事態も充分あり得るか ?        
     しばらく 考えてみましょうか ?
 

 
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■  5/17(木) アサヒタウンズ に掲載されました。

    ■ 2007年5月17日(木)の『アサヒタウンズ』多摩全域版に
     《 デジタルよりアナログ・蓄音機の音の世界に浸って 》
が掲載されました。

      ハンドルを回す。レコード盤の上に針を下ろす手仕事が、ピッポッというデジタル音とは違う音の世界を生む。 
      数十分のクラシックだと、2、3分ごとにレコード盤を裏返したり、かけ替えたり。
      「この間が何とも貴重です」という。
      名曲でも、聴き詰めではくたびれる。人生同様、ひと息つく間が大切だ。・・・

      ヘンデルの名曲「ラルゴ」の名演奏だけを集めたCD「なつかしき木蔭(こかげ)よ」など、多くのCDを制作した実績がある野口さん。

      「音はアナログにつきます」という。   ・・・・ (中 略) ・・・・

      昔ながらの音は、持病を抱える野口さんの 「ゆったり、ノンビリ人生」にそのまま重なる。
                               (アサヒタウンズ 本文 ママ)


    1996年の6月に、「アサヒタウンズ」「朝日新聞夕刊・全国版 人間往来」に紹介され、始まりました「蓄音機コンサート」ですが、多くの方々のお支え、ご支持により今日まで続けてくることができました。ありがとうございました。
    現在、工房から近い市立児童館や地域センター、都立武蔵国分寺公園などでの催しに《出前コンサート》をさせていただいておりますが、お声が掛かれば、負担のかからない範囲で出かけております。

    昨年度は、
    国分寺市立泉町児童館(4回)/ 都立武蔵國分寺公園(5回) 商工会朝市・
    国分寺まつり / 東京経済大学(2回)/ 市立いずみホールA (3回)
    武蔵国分寺薬師堂・万葉花まつり /祥応寺花まつり/ 市立武蔵国分尼寺公園
    黒鐘公園さくらまつり/内藤地域センター/ 本多公民館/都立国分寺労政会館
    ほか
 《 蓄音機 出前コンサート》をさせていただきました。  


 ■  気象異常 雑感


    体調は、相変わらず良好とは言えません。
    この春以来の激しく変動する気象状況に左右されること、《 大 》で、苦しい思いをしております。瞬発力はあるのですが、持続力、集中力に欠け、何事にも継続する力に不足です。これが「現状」です。

    5月31日夕 隣町の府中に大きな落雷があり 自転車で走行中の男性が避雷。
    眼鏡に落雷し、濡れた背広に通電したため、奇跡的に助かったというニュースが話題を呼びましたが
    私の場合、あの日は前夜から丸一日 体がまったく動きませんでした。

    シベリア方面から大寒気団が上空に流れ込んだということでしたが 神経痛の方からは 
   “僕は気象と連動しているんだよ” と 話には聞いていましたが他人事で まさか自分が・・・ と。
    
    病を抱えておられる方は、さぞ大変だろう、大変だろうと思っております。
    私は極力、抑え気味の行動に努めていますが、髪が抜けなくなり、正直嬉しい限りです。

    まだまだ、ご迷惑をお掛けしていること、早急になさねばならないこと、多々あります。
    務めて「心する」『今』です。申し訳なく思っております。どうか、お恕しください。

 
■  国分寺ゆかりの作曲家

                      信時潔 顕揚に 新たな潮流  ■


    さて、折々に記して参りました 『国分寺ゆかりの作曲家 信時潔 』につきまして、大きな変化が起きようとしています。

    これはとても喜ばしい、新たな潮流の濫觴です。敢えて「濫觴(らんしょう)」と表現したいと思います。

    信時潔生誕120年の本年、すでにご承知のように、4月1日、国分寺市本多にて「信時潔 生誕120年 記念サロンコンサート」(於 本多・ルミエール) を行いましたが、 大阪・中之島の信時潔生誕の地でも、5月末から6月初旬にかけ、相次いでコンサートが催されました。
    私はまだまだ西下は無理の状態ですので、盛会を祈らせていただいておりました。
    すばらしい内容のコンサートであったとの便りが寄せられています。

    5月27日(日)には、信時潔が生まれた大阪市北区中之島の教会で、コンサートが開かれ、合唱団と室内オーケストラによる、バッハ、モーツァルトのプログラムとともに、信時潔作曲 与謝野晶子詩 『 我が手の花 』 が演奏されました。

     日時  5月27日(日) 午後3時〜5時
  
     出演  大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団
         シンフォニア・コレギウムOSAKA
         指揮 当間修一
    
     曲目  H・シュッツ:宗教的合唱曲集より
         J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第3番より他
         モーツアルト:アヴェヴェルム・コルプス他
         信時潔:我が手の花
         鈴木憲夫:アヴェマリア


    このコンサートに馳せ参じることは出来ませんでしたが、私の小学校時代からの知人が演奏団体のこともよく知っているとのことで、聴いていただくことができました。

    大阪北教会の現牧師、森田幸男師より、重ねての丁寧なお電話をいただきました。とても熱い内容のお話でした。
    去る5月13日の母の日に行われた礼拝にて、森田師が信時潔について語られた内容が、同教会ホームページに掲載されていますので、リンク表示します。
    4ページの 27段目から お読みいただきますと「信時潔」に関する部分が紹介されます。 
        ⇒ ⇒
             http://homepage1.nifty.com/kita-kyokai/sekkyou/2007/seijitsu/070513.pdf

    また、6月1日(金)、同じく中之島から至近の江戸堀、イシハラホールにて、N響アワーの司会や映画音楽の作曲でご活躍の、池辺晋一郎氏の企画構成によりますコンサートが催されました。

    午後7時から10時までの、実に3時間、4部構成から成る充実したコンサートであったとのことです。
    当日の詳しいプログラムが届きましたので ここに謹んで掲載させていただきます。 すばらしい プログラムです。 

                ○

    池辺さん。『スパイ・ゾルゲ』(篠田正浩監督 池辺晋一郎音楽)の初号試写の折 
    お目にかかって以来ですが、信時潔の深い解釈者である篠田監督のためにも、ぜひ、再演を、

    N響アワー、芸術劇場・・・
    実現願います。

                ○

   「 池辺晋一郎の<歌でたどる日本史> 」
     わが国クラシックの歩をふり返り、時代が遺したメッセージを汲み取ってゆこう
       Series 5 暁の空に星ふたつ 

     日時  6月1日(金) 午後7時〜
  
     構成・トーク     池辺晋一郎

        ソプラノ    足立さつき    
        バリトン    田中 勉
        ヴァイオリン  漆原啓子
        ピアノ     小坂圭太         
    
     <I> 山田耕筰の歌曲
          花咲ける広野 / くだけよ波よ / うるわしき夜 

     <II> 信時潔の歌曲
          お玉杓子 / 茉莉花 / くれないの / やみまなく
          春秋競憐判歌 / 窓を開けろ



     <III> 山田耕筰のピアノ曲         
          組曲「日本風の影絵」
        1. おはよう 2. こんにちは 3. こんばんは 4. おやすみ 

     <IV> 信時潔のピアノ曲
          組曲「木の葉集」
        1. 序曲 樂想乱舞 2.口笛 3.わびしきジャズ 4.散歩
        5. 子守唄 6.小さき物語 7.港の灯 8.人形の踊 9. おもいで
        10. 沈思 11.横笛 12.ロシアの田舎調 13.少女の思い
        14. 練習曲 15. 行進曲



     <V> 山田耕筰のヴァイオリン曲
          アレグレット・ブリランテ / DEBT

     ――――――――――――――――――――――――――――――
     
     <VI> 信時潔の歌曲
          夕焼け / かへりみ / ばらの木 / 野火 / 色あかき三日月


     <VII> 山田耕筰のヴァイオリン曲
          哀愁の日本(CHANSON TRISTE JAPONAISE )

     <VIII> 山田耕筰の歌曲集
          芥子粒夫人(ポストマニ)全4章 

     <IX> 山田耕筰・信時潔の歌曲
          扉 / 帰去来の辞


     初演の「春秋競憐判歌」は万葉歌人 額田王(ぬかたのおおきみ)の作歌。

     《 暁の空に星ふたつ 》 のタイトルに象徴されますように、関西に縁の深い、 山田耕筰と信時潔、通俗、類型の演奏会ではない内容であったとのことです。

                  ○


     近代日本の西洋音楽受容の時代に青春期を送った信時潔。
     大阪 市岡中学校を修了 東京音樂学校に入学したのは 1905年の9月でした。
     山田耕筰は 関西学院を中退 1904年9月 東京音樂学校に入学していました。
     山田耕筰は 1908(明治41)年に東京音樂学校声楽科を卒業、在野の人となり「日露交歓交響管弦楽演奏会」を主宰する(のちNHK交響楽団に発展)など活躍しましたが、対し 信時潔は 1915(大正4)年 同校研究科作曲部修了まで在籍、助教授(のち 教授・講師)となって後進を育成し、1932年、東京音樂学校作曲科を創設しました。
        ⇒ ⇒
             東京音樂学校・東京藝術大学


     今回の池辺氏によるコンサートは 2001年3月5日の團伊玖麿氏のコンサート
『 街に歌は流れる。明治から昭和への時を旅して ― 山田耕筰と信時潔 言葉と音の結びつき 』を継承する企画であると言い得
     ピアニストが 團氏の会の時と同じく 小坂圭太氏が務められたことも 嬉しいことでした。

     今後も、このような視点での、誠意溢れる構成のプログラムが編まれることを期待するものです。

                        

    滅多に行われることのない企画であればこそ、場当たりな、薄っぺらな、単なる主催者好みによる選曲でなく、それぞれに、しっかりとした裏づけと視点のもとでの構成を希むものです。

    客寄せのためのと、安易なプログラムが多すぎ、結果、労力の浪費、徒労です。
    そんなもの、この限られた体力と気力 (音楽を聴くためのエネルギー)、経費で お付き合いできるものではありません。

    CDなどのコンテンツも同様、謳い文句ばかりで、ナンじゃコリャ!では… トホホです。

    聊(いささ)か 毒舌めいた 謂(いい)で、申し訳ないような気がしないでもないのですが、抗癌剤治療の副作用で矢鱈と感覚が昂じたころの残像感でしょうか、今なお、そのような感にあるのです。


 ■ 信時潔 生誕の 大阪北一致教會のこと ■       

    2002年の秋、腹痛の緊急入院で検査と手術待ちだったころ、病院から電話にて中之島の大阪北教会に問い合わせをし、森田幸男牧師と、吉岡弘毅 ・信時潔についてお話できたことから交流が始まりました。
    森田師は、さっそくに『大阪北教会百年史』をご恵送くださり、それは病床の日々の好伴侶となりました。

    仔細に読み捗めてゆくうち、それまで知ることのなかったことが視野に映ってくるのでした。
    小中学生のころ、ボーイスカウトの活動で通っていた、天神橋筋 (天神西町 )の天満教会(澤山保羅 Paul 牧会から128年の教会で、組合教会の流れを汲む。 日本基督教団 / 浪速公会 ・梅花学園 ・大阪YWCAを創設。 管野スガ 豊竹呂昇が受洗したことでも知られる。大阪北教会から 東に 1.7Km )との関わりについても判ってきました。

    それは、近代日本のプロテスタント史と関わりのある興味深いもので、当然に
音楽世界とも関わりがあり、以前、偶々見つけた明治期、日本最初期録音の讃美歌のレコード盤(信時潔の父 吉岡弘毅も創立に加わった 基督教青年會/YMCAによる)とも繋がっていったのでした。
    その古い讃美歌につきましても、森田師は丁寧にご説明くださいました。

    信時潔が、大阪北教会の創設者、吉岡弘毅牧師の三男としてこの教会で生まれ育ち、作曲家として大成、芸術院会員、文化功労者受章と、国を代表する音楽者となっていった。
    ことに、『海ゆかば』に向ける、キリスト者としての念いを、師の篤い祈りが伝わる言葉に乗せて語られた日のことを忘れ得ません。

    次のリンクは、森田師が Christian Peace Network (平和を実現するキリスト者ネット)「ニュースレター 66号 」に寄せられた巻頭言です。
        ⇒ ⇒
             http://www.jca.apc.org/~cp_net/kanntou/kanntou66.htm

                       ○

    日本キリスト教会は、プロテスタントの改革長老派主義の伝統に立つ教会で、1872年(明治5年)に横浜海岸教会で設立された、日本のプロテスタント教会では一番古い教派です。
    信時潔の父 吉岡弘毅牧師は この教派が生れたころは 明治新政府の外務官僚でした。
    旧美作国(みまさか=岡山県)津山藩 勤皇の藩士であった吉岡弘毅は、仁和寺宮義彰(小松宮彰仁)親王、壬生基修郷に扈従して、戊辰戦争では、柏崎、長岡、会津と転戦、新政府に参加しました。

    1870年(明治3)9月18日、明治新政府は、王政復古を告げ国交を求める外務卿書翰伝達のため、外務権少丞吉岡弘毅らを朝鮮に派遣しました。 
    吉岡弘毅は、韓国に開国を求めた外交使節だったのです。
http://www.h6.dion.ne.jp/~k-moon/nen-1883.htm

    釜山に滞在中手にした漢訳聖書を読み、吉岡弘毅は卒然とキリスト者へと転じ、外務大丞(大臣)の職を擲(なげう)ち、位勲を返上し、1875年(明治8)、妻げん とともに、築地・新栄教会(東京で最初の教会)にて、アメリカ長老教会宣教師 D.タムソンより 洗礼をうけたのでした。
    信時潔が生まれる14年前のことです。

    その後、吉岡弘毅は、
    銀座十字屋書店
    ( のちの 十字屋楽器店
    註: かの 中村江里子さんのご実家でもあります。
    を梁山泊とし、
    銀座教会、本郷教会、基督教青年會(YMCA)の立ち上げに参画。
    高知、大阪、高知、京都、大阪と牧しながら、自由民権運動にも関わってゆきます。
    内村鑑三、植村正久、板垣退助、国会議長となった片岡健吉との交流も深いものでした。
    片岡もまた旧土佐藩の勤皇の士で、会津城攻めに参加していたのでした。 
        ⇒ ⇒
             http://wwwi.netwave.or.jp/~go-kumon/kirisuto.htm  
     
    これらのこと、NHK『そのとき歴史は動いた』的に構成すると好いでしょうね。

    信時潔の生涯につきましては、すでに書いたものがあります( 「高野山時報 」2005/7.11/ 7.21 / 700円)ので、それを参考にしていただけましたら幸いです。

    ■ 「音楽は藻の花のごとく ― 信時潔没後四〇年
            ― その存在の野太さ 潔さ ― 野口眞一郎 」(1) (2)
 ■


                         

    私は、退院後の2004年1月末、所要で西下の折、肥後橋・イシハラホールでの、知友のヴァイオリニストのリサイタルに行き、長い年月の研鑽に、畏いほどの渾身のバッハ無伴奏を聴いた翌日、初めて大阪北教会(旧会堂)を訪ね、皆様にご挨拶できたのでしたが、
    そのころは、まだ教会員の方は、信時潔と北教会の関わりを知る方はなく、一人の御婦人が、2002年夏(8.1 日本TV)に放送された「思いっきりテレビ 今日は何の日
― 信時潔が亡くなった日 ( 弊協会 音源・資料協力 )」を ご覧になっておられ、窓から柔らかい冬の陽差しが差す中で 周囲の方に説明されている 午餐の語らいの和やかな雰囲気がとても印象深いものでした。
    そのとき私は、阪田寛夫氏のご実家である、江戸堀の阪田インキのことをhttp://www.inx.co.jp/kaisha/enkaku.html
    教わり、土佐堀、江戸堀から高麗橋界隈を、萎えた足で歩いたのでした。
    大阪の街はすっかり姿を変えていました。

    キリスト教と信時潔の音楽について考えるとき、私も『阿蘇』のしらべなど、正に「讃美歌」そのものと感じ、洋の東西の大作曲家の作品が、多く讃美歌や聖歌になっていることを惟うとき、信時潔全作品のいずれかの旋律が、新たな讃美歌として迎えられんことを、と切望したものでした。

    事実、信時潔門下で三鷹におられた作曲家、中田一次(なかだ かずつぐ)氏は、「早春賦」の作曲家、中田章のご子息で、「夏の思い出」や「小さい秋みつけた」「雪の降る町を」の作曲家、中田喜直氏のお兄さんでしたが、その作品は讃美歌として収録されています。
    そのように、信時潔の作品も讃美歌として収録されないものかと思ったものでした。


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■ ご 案 内 ■

ジネット・ヌヴー協会ジャポンは、国分寺にて活動をかさねて参りました。
平成元年の1月に 本町(日立中央研究所に隣接)にて創めましたが 縄文先土器時代の遺跡発掘調査のため 平成6年1月 泉町(市立いずみホール・泉児童館に近接)に移りました。
草創から早19年になります。

細やかな『あゆみ』の記録は、見出し−2「 あゆみ 」をご覧ください。
これまでに制作に関わりました主な作品のご案内は、「商品一覧」にございます。

『CD ヘンデル/ラルゴ名奏集 I  GOLD DISC 』
                           (ジネット・ヌヴー協会ジャポン)

『CD 加藤恕彦ラストコンサート 』バッハ/管弦楽組曲 モーツァルト/フルート協奏曲
                           (ジネット・ヌヴー協会ジャポン)

『音楽は藻の花のごとく ― 信時潔没後四〇年 ― その存在の野太さ 潔さ ― (1) (2)
                  野口眞一郎  高野山時報 2005.7 』(高野山出版社)

『CD 海ゆかばのすべて 信時潔 』(キングレコード)

『加藤恕彦留学日記 ― 白銀のフルートとともに  聖母文庫』 (長崎・聖母の騎士社)

『毒舌仏教入門  今東光 (集英社文庫)』 比叡山麓 東南寺 戸津説法 法話集

『痛快!寂聴仏教塾・CD付き (集英社インターナショナル)』嵯峨野 寂庵 読経 ・法話


等、ロングセラーの作品は、現在も、書店、レコード店にて直接お求めいただけます。

また、折に触れ 所蔵資料や関連情報等を 画像ギャラリーのコーナー等で紹介しております。今回は、国分寺ゆかりの作曲家、信時潔生誕120年に焦点を当てての珍しいお話を少し。

CD 書籍 共に 御高評いただいておりますが 僅少ながら 在庫のございますものは 直送にて 種々特別サービスにてお頒けしております。メールにてお問い合わせください。

主宰者が 長く 闘病、療養、静養を強いられておりました関係で 企画・制作ともに滞り勝ちでしたが ようやくに 活動再開に向かっております。

この間 お扶えいただきました 多くの方々のご支援、ご助力に感謝申しあげます。

                                       敬 白 



■ 『ヘンデル/ラルゴ名奏集 I − なつかしき木蔭よ 』
   ゴールド蒸着盤 24K 純金CD
   好評 リピートプレス かさねております!! ■

一昨秋来 新企画としまして制作を進めて舞りました ゴールド蒸着ディスク (24K 純金CD)『ヘンデル/ラルゴ名奏集 I(SGNJ−1001・G)』は好評で リピートプレスを重ねております。
2006年1月19日完成し 2月15日に新作品として リリースいたしました。

《 24K ゴールド蒸着ディスク 》 は通常、業界現行定価では 3000円ですが 弊協会では
人気アイテムゆえに、旧盤価格の 2300円を維持 価格改定はいたしておりません。
当サイト情報をご覧の御注文には 送料無料にてお届けいたしております。


これまでの実績といたしましては、
季節のご贈答品 企業のプレゼントアイテム 冠婚葬祭の引き出物等 大部数の御注文 海外からの御注文も多く寄せられております。(東欧、オーストラリア、中国からも)

G・F・ヘンデルが1738年に作曲した歌劇『クセルクセス』のアリア「オンブラ・マイ・フ」

1738年といえば、第八代将軍 徳川吉宗の世で、大岡越前守が多摩地域を検地、小金井、国分寺、小平、立川(砂川)と、新田開発された時代です。

キャスリーン・バトルがアリアを歌う、ニッカウィスキーのCMで一躍お茶の間に流れた「ラルゴ」の調べですが、
本CDでは 声楽から器楽 室内楽の名演をコンピレーション。
1920年の蓄音機時代 アコースティック録音から1930年代の電気録音 1950年代以降のアナログテープ録音から1990年のデジタル録音までと 奇しくも「レコード文化」70年の録音技術変遷の歴史をたどっています。

朝日新聞のコラム「勝手におすすめ − 緑の風そよそよと ゆったり『ラルゴ』」(1995.12)では、
世界的ヒットをした カラヤン「アダージョ」よりも 《 時代が聴きたい曲 》として紹介されました。

  E・カルーソ / T・スキーパ / B・ジーリ / L・レーマン / C・クルマン (声楽)
  B・ハリスン / G・カサド / 林リリ子 ・林光 / H・カン / B・ブラック  (器楽)
  アカデミー室内管弦楽団


【1992年の制作から早15年。総計 12,000枚のロングセラーです。】 
    
【 税込定価 2300円 】 
  当サイト情報をご覧の御注文には 送料無料 にてお届けいたしております。   
           
【メールにて 御注文・お問い合わせ お待ち申しあげます。】
        ⇒ ⇒
             sgnj@hotmail.com

これからも 一層 易きに向かう時流に流されることなく より高品位盤の制作に努めてまいりますので よろしくお願いいたします。

各地から数々の貴重な お励ましのメールを賜り 心から感謝いたしております。


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■  祝!信時潔 生誕120年  ■


   一昨年の夏、信時潔 没後40年の節に、およそ60年ぶりに春秋社より待望の
「作曲家 自選楽譜集」 が復刊、本年生誕120年の節に、大きく真価が顕揚されようとしています。

   ■ 『信時潔・独奏曲集』

   ■ 『信時潔・合唱曲集』

   ■ 『信時潔・ピアノ曲集』



 推薦の言葉

  「他に媚びることなく、ひたすら自己の信ずる道を貫き通した
   信時潔作品が、今新しく見直され始めている。
   むしろ反・今日的芸術ゆえに 《いまという時代》 に新鮮な命
   を呼び戻すこのノブトキワールドに一歩でも踏み込んだ人は
   もうゆらぐことのない人生の支柱を手にしたといえよう。
                                  ― 畑中良輔


  ほんとうに、玩味、愛でれば愛でるほどに、すばらしい 珠玉選集の復活です。



 ◇ 培 音 凛 ◇ ■

画像2
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― ■ 信時潔 生誕の地  大阪北教会  旧会堂 ( 大阪市北区中之島4丁目3番18号 ) ■               ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― ◎ 1888(明治21)年4月30日 大阪 ・中之島の地に 日本基督教会大阪北教会 初の会堂が竣成し 献堂の儀が執り行われた。                                                                 この教会堂の建築のさ中 仕上がった会堂内部に聖壇をしつらえ 初のクリスマスの礼拝が行われた。                                                                             1887(明治20)年12月29日。 聖夜から5日のち 信時潔は誕生した。                                       その生誕と成長の地に建っていた旧教会堂(左)と中之島小学校(右)。                                             潔の父 吉岡弘毅牧師は 教会の敷地の一部を 小学校用地に提供したという。                                                                              潔少年は この江戸堀の牧師館で育ち 母の奏するオルガンを聴きながら                                                                                                                              音楽に親しんだ。 潔が通った学校跡も今はない。 (2004年1月末撮影)                                                                                                                                                                                           再開発に移動し 大阪大学中之島センター(「キャンパス・イノベーションセンター」を合築)                                               大阪市立科学館  国立国際美術館が 新たに整備されている。                                  リーガグランドホテル リーガロイヤルホテルのちょうど中間                                                                      大阪にゆかれた折には ぜひ訪ねてみてください。                                             http://homepage1.nifty.com/kita-kyokai/kyokai_gaiyou.htm 
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◎ お奨めは なんといっても 
    珠玉 名品揃いの 『合唱曲集』 です!! ◎


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  ■『信時潔 合唱曲集』  四六倍判/146頁/2,625円
 
  『日本古謡』
    「あかがり/神楽歌早歌」 「深山には/神楽歌庭燎」 「春の弥生/慈鎮和尚」
    「銀の目抜の太刀を/拾遺和歌集神楽歌」
  『桜花の歌』
    「いにしへの/伊勢大輔」 「いかにせん/熊野の娘侍従」 「吹く風を/源義家」
    「さヾなみや/読人しらず」 「山寺の/能因法師」
  『おもひで(妻をさきだてし人のもとに)/蒲原有明』
  『いろはうた/弘法大師』
  『子等を思ふ歌/山上憶良』
  『やまとには・国見の歌/舒明天皇』
  『大寺の/獅子舞歌』
  『痩人を嗤ふ歌二首/大伴宿弥家持』
  『渡り鳥/大須賀績』 『送別の歌/大須賀績』
  『阿蘇/林古渓』
  『クンスト デル フーゲ・バッハ讃頌/広田美須々』
  『旅の歌/大須賀績』
  『紀の国の歌』
    「和歌の浦に/山部赤人」 「こせやまの/坂門人足」 「くるしくも/長忌寸奥麿」
    「三熊野の/柿本人麿」 「あてすぎて/古歌」 「かざはやの/河辺宮人」
  『古歌十四曲』
    「空の海に/柿本人麿」 「去年見てし/柿本人麿」 「わぎもこが/柿本人麿」
    「大空は/藤原定家」 「駒とめて/藤原定家」
    「吉野山/西行法師」 「をりしもあれ/西行法師」 「風になびく/西行法師」
    「年たけて/西行法師」
    「むすぶ手の/紀貫之」 「たまかづら/紀貫之」 「秋の野に/紀貫之」
    「つひに行く/在原業平」 「いとどしく/在原業平」
  『大島節/伊豆大島民謡』
  『東北民謡集』 『続東北民謡集』

            

■『信時潔 独唱曲集』  四六倍判/208頁/3,150円
             
  『沙羅/清水重道 詩』
    「丹澤」 「あづまやの」 「北秋の」 「沙羅」 「鴉」 「行々子(よしきり)」 「占ふと」    「ゆめ」
  『小倉百人一首より』
    「月見れば/大江千里」 「久方の/紀友則」 「花の色は/小野小町」
    「淡路島/源兼昌」 「長からん/待賢門院堀川」「逢ふことの/中納言朝忠」
     「人はいさ/紀貫之」 「ほととぎす/後徳大寺左大臣」
  『小品』
    「夕焼/北原白秋」 「海雀/北原白秋」 「幻滅/北原白秋」
    「かへりみ/北原白秋」 「をみな子よ/北原白秋」
    「色あかき三日月/北原白秋」「ばらの木/北原白秋」「つなで/北原白秋」
    「ルバイヤットより/蒲原有明訳」「わすれな草/上田敏訳」「お玉杓子」「野火」
  『小曲五章/与謝野晶子』
    「いづくにか」 「うら淋し」 「薔薇の花」 「我手の花」 「子供の踊」
  『古歌二十五首』
  『鶯の卵より』 『李太白の詩八首』 『中国名詩五首』
  『不尽山を望みて』 『独楽琴』
  『民謡』
    「君と別れて」 「手まり唄」 「岩殿山」 「ひと目みて」
  『故郷の翁/国木田独歩』 『短歌連曲/与謝野寛』
  『寺/清水重道』
  『茉莉花/蒲原有明』 『青簾/竹友藻風』 『風に乗る/竹友藻風』
  『短歌二首/生方たつゑ』 『掬泉居の歌/川田順』
  『帰去来の辞/陶淵明』



■『信時潔 ピアノ曲集』  菊倍判 /104頁/2,310円
 
  『組曲:六つの舞踊曲』
  『組曲:木の葉集(全15曲)』
  『小学唱歌「月」による10の変奏曲』
  『自作主題による変奏曲』
  『組曲:少女と野花(全3曲)』
  『譚詩曲』
                             美装函入



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆   

《公式パンフレットより》

 日本近代音楽史に輝ける傑作群

 『独唱曲集』 ― 珠玉の名曲を 集成した決定版
   
 『合唱曲集』 ― 歌い継がれる 信時合唱曲の世界

 『ピアノ曲集』 ― 瑞々しい ピアノ音楽の精華

  今回の楽譜の刊行が発端となり、信時潔の作品が多くの人々に演奏され、
  より多くの人びとの耳と心に届くことを願ってやまない。
  さらに、信時潔の人と作品への再認識・再評価の契機となれば望外の幸せである。

                               「刊行の言葉より」



◎−◎−◎−◎−◎−◎−◎−◎−◎−◎−◎−◎−◎−◎−◎−◎−◎−◎



■『高野山時報』2005.7/11号.7/21号に



■ 「音楽は藻の花のごとく ― 信時潔没後四〇年
     ― その存在の野太さ 潔さ ― 野口眞一郎 」(1) (2) ■ 


   が掲載されました。  

 ◇和歌山県・高野山が「世界遺産」に登録なりました。
  『高野町の歌(佐藤春夫 作詩)』 『高野山大学学生歌』が 信時潔作曲作品であることから、お話をいただき、弊協会主宰・野口眞一郎 熱誠の 『信時潔オマージュ』 を執筆、二回にわたり掲載されました。(稿 20枚)

   ■ 高野山出版社 ■⇒ ⇒
           http://www17.ocn.ne.jp/~koyasanp/MyPage/album_show5.html?page=1



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   滝廉太郎 山田耕筰とともに 近代日本を代表する作曲家・信時潔は ご承知のように 1924(大正13)年から1965(昭和40)年までの40年間 国分寺本多の地に住まいし たくさんの珠玉の作品を遺しました。
   石川啄木と親交のあった歌人 土岐善麿(土岐哀果)とともに 国分寺の 小中学校の校歌も作っています。なじみ深い市民の方は多くおられましょう。
   この待望の曲譜集成の復刊は、私たち国分寺市民として大いに誇るべき文化事業であり すてきな“歴史的文化遺産”発掘の集成と言えると思います。

   独奏曲集では、代表作 『沙羅』 はもちろんのこと、故團伊玖麿氏が
「日本歌曲の最高傑作」と評した、初期代表作の 『茉莉花』 、また、与謝野晶子の詩による 『子供の踊り』 は、私も折にふれ口ずさむ愛唱歌です。

   合唱曲集も、代表作揃い。
  『桜花の歌』 『紀の国の歌』 『阿蘇』 『子等を憶ふ歌』
  『国見の歌(やまとには)』 『大寺の』

   など、これからも.多くの人に.永遠に.歌い継がれる愛唱歌揃いです。

   ピアノ組曲 『木の葉集』 は戦争中に豊増昇により録音され( 旧日本コロムビア・内幸町スタジオ:旧日本放送協会に近く、日比谷公会堂に隣接の建物)、大戦末期に
   レコード発売されましたが、戦後はあまり演奏されることはありませんでした。
  
   私が信時潔の音盤復元について團伊玖麿氏にお話を伺いましたのは、1995年秋のことでした。
   團氏は、
「古い音源の採掘よりも、信時先生には『万葉』や『古今』の作品がまだまだたくさん埋もれています。
    国分寺にお住まいでしたら、ぜひ、そうした作品を発掘されるとよろしいでしょう。『海道東征』の蘇演は、黛さん(黛敏郎)に相談されるとよろしいでしょう。」

   と、仰有ってくださいました。

   黛氏は、それから間もなく泉下、幽明を異にされ(1997.4.10)、團伊玖麿氏もまた、2001年5月17日、樂旅中の 中国 ・蘇州にて客死されました。早いもので、七回忌です。黛氏はちょうど、没後10年になるのですね。

   その急逝の2ヶ月前に開かれた演奏会、《2001.3.5 銀座・王子ホール》
  『 トーク&ミュージック ― 街に歌は流れる。明治から昭和への時を旅して 2
   山田耕筰と信時潔 言葉と音の結びつき 』
にて、團氏は至誠をこめて信時作品を頌讃されました。
   私は北原白秋の一周忌を前に上梓なった、大判の『海道東征 詩集(靖文社刊 1943.6.20 )」を花束代わりに、楽屋に團氏を訪ねたことを思い出しています。
   その夜、團さんは、聴衆に呼びかけるように、
「日本の若い人たちは、ショパンだ、リストだ、と、相当な、無理、努力をして、さかんに、これらの曲を弾きたがるのですが、
   信時潔先生の 『木の葉集』や『お月様の変奏曲』のような、すばらしい曲集が日本にはあるのですから、もっと大切になさって、大いに演奏してもらいたいものです。」

   と、熱く、静かに語られました。以下は、その曲目です。(後半の信時作品)

    子供の踊り /風に乗る /ばらの木
    つなで /お月様の変奏曲(ピアノ ソロ)
    沙羅(全曲)/茉莉花

    團伊玖麿:お話

    三原剛:バリトン
    松田昌恵:ソプラノ
    小坂圭太:ピアノ


(□ その日の雰囲気を伝える画像をネット上にみつけましたので《リンク》します。 )
        ⇒ ⇒
             http://www.t-webcity.com/~pipedan/other/newpage25.htm
 
   この時の印象が私には強く心にあって『信時潔曲譜』が復刊される喜びを、むさし商興会主催「多喜窪公園・盆踊り大会」の夜、星野信夫国分寺市長にお伝えさせていただきました。星野氏は、小学校、中学校、大学と、出身校の校歌が信時潔作曲作品なのです。

   市長さんと教育長さん(松井敏夫氏)は、『ピアノ曲集』を、第四小学校の卒業生で、パリ音楽院を卒業後、ベルリンに留学中の福間洸太郎君(泉町在住・ご実家)に託してくださいました。
   そのことが機縁となり「国分寺の名にふさわしい文化都市を築く会」の増田加代子さんのご尽力のもと、昨年、今年と、2度のチャリティコンサート「福間洸太郎 ピアノリサイタル ・付 信時潔プログラム(市立いずみホール)」となって実現し、また、昨年春の 万葉花まつりでの「薬師堂・信時潔コンサート」に結んだのでした。
   薬師堂では蓄音機演奏「花すみれ」「電車ごっこ」「子等を憶ふ歌」「海ゆかば」に加え、小中学校の先生方、児童、生徒、飛び入りの卒業生の方も加わってのコンサートとなりました。星野市長は、第二中学校校歌を歌ってくださいました。

   福間君のHPのメッセージによりますと、武満徹作品にも真摯に挑まれ、最近ではドイツで、作曲家・細川俊夫氏(現代音楽)、宮田まゆみさん(笙奏者)にもアタックと、青年らしく果敢に自らの道を開鑿されている様子が伺えます。ヨーロッパ各国はもちろんのこと、アフリカでも演奏されています。
        ⇒ ⇒
             http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv1-mdp&p=%CA%A1%B4%D6%DE%AB%C2%C0%CF%BA

                        

   弊協会では、CD制作に際しましても、またコンサート企画にあたりましても、常に近代音楽のみならず、現代音楽にも注視してきました。
   国分寺市立いずみホールは、協会に隣接する立地条件にありますが、
「Salle Fontaine 泉」コンサートシリーズでも、これまでに平尾貴四男をはじめ、尹伊桑『歌樂 GARAK』、現代リトアニアの代表的作曲家、オスヴァルダス・バラカウスカス
『インプレソナタ』日本初演などをとりあげ、東欧やモンゴル、中国、朝鮮の現代音楽にも積極的に関わってきました。また近代作品では、八木伝作品、信時潔歌曲や伊福部昭・映画音楽『日本誕生』『コタンの口笛』の新たな編曲版(未発表)、信時潔のカンタータ「海道東征 から 大和思慕」を、ピアノとフルートによる編曲版として初演(世界?)を試みるなどかさねて参りました。
   これらの試みの実現には、常に、縁あって秀れた奏者、作曲家、研究者との出逢いに恵まれたことが、なによりの幸いでした。

   私が、武満徹や一柳慧(いちやなぎ とし)の音楽に触れたのは、大阪万博(1970年)の前夜でATG諸作品の映画音楽を介してでした。一柳慧は吉田喜重監督、武満徹は篠田正浩監督作品を通してでした。
   時代は混沌とし・・・と謂いつつも、実存の背景が確と感じられる時代環境でした。

   シュトックハウゼンを盛んに聴いたころで、大阪万博は現代音楽の花盛りでした。ジョン・ケージ、ユン・イサン(尹伊桑)を知ったのもそのころでした。LPレコードでは、西ドイツ(当時)Wergoレーベルの、ジャケットデザインと最上質の製盤に憬れたものでした。 ⇒ ⇒
http://www.wergo.de/shop/ 40年近くも前のことです。
   そのころ、私は17歳の高校生。美術手帖、朝日ジャーナルが燃えていたころで、美術手帖連載「快的混沌状態の耳聴き」は、将に「現代美術」「現代音楽」の名指南、私にとってなによりの名伯楽でした。
 
   ヤニス・クセナキスが来日し、大阪・中之島(北浜)、日本建築協会主催の非公開コンサートで、石井真木(作曲家=故人)、磯崎新(いそざき あらた=建築家)両氏を交えての熱いレクチャーとパネルディスカッションを行った時から早30年。 ( 私も質問に立ちました。 )
   クラウス・フーバーが、上智大学で門脇佳吉教授主導のもとレクチャーコンサートを行い、そのとき通訳をされたのが、尹伊桑(ユン・イサン )に師事した細川俊夫氏でした。 20年前のことです。細川氏はまだ独身でした。宮田まゆみ嬢の登場もそのころでした。
                        


   信時潔が、ドイツ留学から帰国し、関東大震災(1923 大正12年)を経て国分寺に移り住んで間もないころ、信時潔は片山頴太郎との共訳『楽式論−作曲学』の刊行(ステファン・クレール原著 高井楽器店刊 1925.8.28発行)に向け専心していました。そして、そのころまだほとんど知られていなかったシェーンベルクを研究していたのです。
   本多新田中ノ井の信時邸は 雑木林の中の一軒家。周囲は人里ではなかったといいます。
   晩年には、ラヴェルにも熱心に取り組んだそうです。(信時家ご遺族の談によります。)
   下総皖一、諸井三郎、諸井誠(父子)、高橋均、高橋アキ、高橋悠治(父子)・・・と、みな、信時潔の許を訪れ、現代音楽の道を伐り拓いていったのですね。

   『たなばたさま』の作曲者、下総皖一が宇都宮郊外の自宅から人力車、汽車を乗り継ぎ、国分寺の信時潔の許にレッスンを受けに通ったとありますが、片道 4〜5時間かかったそうです。
   諸井三郎は、中原中也の詩に曲を付けたことでも知られますが、小林秀雄、河上徹太郎、中島健蔵、今日出海、内海誓一郎、長井維理(ながい ういり)、大岡昇平らと交流を深めながら作曲に初めはじめたころ、信時潔に作曲を師事していました。
   今日出海( 作家・文部省芸術課長 初代文化庁長官 )は信時潔からチェロのレッスンを享け、その長兄の今東光もまたチェロを弾き、信時潔と交流を持っていた。大正の末年から昭和初年のことです。
   大岡昇平もまた同じころ、中原中也の詩に作曲をしましたが、のちに(戦後)大岡は、戦時下、フィリピンで捕虜となった体験を綴った『俘虜記』で横光利一賞を受賞(1949)。
   大岡は武蔵小金井駅南の野川に近い、旧友、富永太郎の遺族宅を訪ね、富永宅に寄寓しながら立川−国分寺崖線(ハケ)を散策、取材。
   野川を遡り源泉池(日立中央研究所構内か?)から西国分寺・恋ヶ窪を歩いたのは、昭和23(1948)年の2月のことだと年譜にあります。(『大岡昇平全集』・伝記年譜)

   富永邸の蔵書、鳥居龍蔵著『武蔵野及其有史以前 1925刊』を読んだことが端緒となって、ハケ、野川を、さらに狭山丘陵、村山貯水池を取材したことから、『武蔵野夫人』が構想され、発表(「群像」1950)されました。
   軍需工場経営者の戦後風俗にも焦点が当てられ、武蔵野から立川・福生にいたる戦前、戦後の環境との関わりも理解できます。
   『俘虜記』は、まさにこの時期の所産です。
   この間に大岡は鎌倉に引越しています。

   小金井に住んだのは、昭和23(1948)年の1月末から11月中旬までの10ヶ月ばかりですが、いかに、土地の風土や同時代史、郷土史研究が背景となって、あらたな創作に結実してゆくかが、ここにも読み取ることができます。
   
   昭和26年、名匠溝口健二が映画化(田中絹代主演 東宝・砧作品 1951 音楽:早坂文雄 )しましたが、当時のさまざまな小文を読んでゆきますと、溝口は映画化にあたり、原作を忠実に活かすことに努めていたことが判ります。

   映画化にあたっての、ロケ地の記録がないものかと探しているのですが、恋ヶ窪周辺の湧き水の燦きや「姿見の池」かと思しきワンシーンは、私には間に合わせの撮影ではなかったかと長く疑問に思っていたのでしたが、
   大岡が、この作品に充分に満足していたという記述からも、私たちは安心してこの映像作品を、北多摩の映像記録として享けとることができるかと思うのです。

   機会があれば、ビデオやDVDではなく、35ミリか16ミリでの上映会を試みたいと思っております。早坂文雄が音楽というのも嬉しく、脚色は、福田恒存。

   大岡は、復員した報告、受賞した報告等々さまざまな心のうちを、夭折した旧友に告げる思いで、墓参(富永太郎の墓処は多磨墓地)に訪れていた。
   そして旧友の宅を訪ね(昭和22年11月)、寄寓(23年1末〜11/19 )するうちに創作の熱情が生まれたと、私には思われます。
   大岡の墓処も多磨墓地にあり、富永太郎とともに眠っています。

   今年は、中原中也生誕100年で、生地の山口県をはじめ、膨大な大岡昇平文庫が収蔵される、神奈川近代文学館でも「中原中也と富永太郎展」が開催されました。
        ⇒ ⇒
             http://www.kanabun.or.jp/te0157.html
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             http://www.chuyakan.jp/10shop/10flame.html
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             http://www.asahi-net.or.jp/~hm9k-ajm/musasino/musasinofujinn/musasinofujinn2.htm
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             http://www.asahi-net.or.jp/~hm9k-ajm/musasinorekisi/kamakurakaidounosyuku/koigakubo/koigakubo.htm


                        
   諸井三郎はのちに、信時潔がドイツから持ち帰ったシェーンベルクの大部の楽譜を借り受た際、風呂敷に包み、本多新田から札ノ丘の径( 現在の新海写真館あたり )を国分寺駅に向かって歩いたといいます。当時、雑木林と一面の麦畑、芋畑だったそうです・・・
   (そのころの中央線の映像が手元にあります。武蔵小金井駅はなく、春の桜見物の行楽客は、国分寺駅から北に、玉川上水、喜平橋を経て小金井公園方面に向かったようです。
   上水沿道の茶店と放歌乱舞の酔客たち、サイレントの面白い映像ですが、貴重な記録ですね。)


                        


   さて、今、茲に、多くの若い青年が育ちつつあり、それぞれに未来を拓かんと挑戦されています。
   吾々は知らぬうちに、気づかぬうちに、直接、間接を問わず、いつしか現在と過去、過去と未来の間を往来していることに気づくのですね。


                         

   以上のような展開は われわれ 一商店会の Ozisanたちの活動だけでは 到底、企て及ばざるもので、やはり、第一小学校、第四小学校の校長先生、音楽の山中佳子先生のご指導をはじめ、市長さんや行政の方々、みなさんのご協力、ご縁の賜物あってのことです。
   
   東京経済大学、学芸大学をはじめ、三多摩周辺地域の学校の校歌には、たくさん信時潔作品があります。

   このような温かで和やかな輪を、これからも素朴ながら広げてゆきたいと思っています。

   なお、本曲集には収録されておりませんが、文部省唱歌 『電車ごっこ』 も、1932(昭和7)年に国分寺で作曲されました。

          運転手は君だ 車掌は僕だ
          あとの四人が電車のお客
          お乗りはお早く
          動きます ちんちん
       (井上赳 作詞 :鳥取県安来の出身)
 
   JR 国分寺駅、西国分寺駅のチャイムを 『電車ごっこ』や『子供の踊り』、また 『一番星みつけた』にすれば、すてきではないかと、西国分寺周辺の商店会、子供会、防災会、安全協会の方々と話し合い、JR八王子支社に請願書を提出したのは、昨年の春のことでした。

  《朝日・多摩版》に記事が掲載され、大きな反響を呼びました。
    ―― むさし商興会/防災会/老人クラブ/安全協会 
       唱歌『電車ごっこ』を JR西国分寺駅の発車チャイム 要請へ。――

   市議会でも議題に上り、今後の展開が期待されます。

   本年は、いよいよ生誕120年の年です。
   誕生と成長の地である、大阪・中之島の教会(日本基督教会 旧大阪北一致教会)も、この冬、1月28日、新会堂が完成し、献堂の儀が行われました。
        ⇒ ⇒
http://homepage1.nifty.com/kita-kyokai/kyokai_shashin.htm

   信時潔の父、吉岡弘毅の西下、牧会から数えて123年目の教会です。
   聖夜の直後(12.29)に生れたので 『潔』 と名づけられたのだと私は解釈しています。

                        

   国分寺本多では、4月1日の午後、春のうららかな日差しのもと、信時潔ゆかりの方々が揃い「生誕120年記念 サロンコンサート」が催されました。
  (朝日新聞・多摩版に掲載 2006.4.3)

       『 信時 潔  うたとピアノ 』
           多くの曲が生れた ゆかりの地で

         I 組曲 野花と少女                 天野光子 (Pf)

         II 自作主題による変奏曲              藤井ゆり (Pf)   
        
        III 木の葉集 より (1) (6) (7) (8) (13) (15)   増山歌子 (Pf)

        IV 沙羅 (全曲)        坂上昌子(Ms)   増山歌子 (Pf)

       アンコール: 子供の踊り     坂上昌子(Ms)   増山歌子 (Pf)


   信時潔の生涯の盟友であり、諸作品の初演演奏者であり、『沙羅』合唱曲版の編者でもあった声楽家木下保の奏法を伝承する 声楽家、ピアニストによります素晴らしい やまと詞(ことば)唱法と 見事なピアニズムは、性懶怠、脆弱な私に大きなエネルギーを齎してくれました。
   私は裏方を努めながら、かつて、『木の葉集』 のマスター復刻編集(2003.3/ 旧赤坂・コロムビア スタジオ)をしていたときのことを思い出していました。
  「ゴリウォーグのケークウォーク」など、ドビュッシーの 『子供の領分』を彷彿としながら、アルフレッド・コルトーが弾いたら、どんなだったろう。ディヌ・リパッティだったら、どのように響くだろうなどと、想い浮かべていたものです。

   長い歳月、歌い込まれた『沙羅:清水重道 詩』や『子供の踊り:与謝野晶子 詩』
とくに『子供の踊り』は、これから先も、何度も何度も聴かせていただきたく思いました。
   秀れた音楽を聴くことは、その秀れた『人格』に触れることだ、と感じました。
   私にとって信時潔の『眼差し』を、これほどに強く感じさせられる「歌」はありません。

   
ともあれ、多くの方のご努力に復活なった『信時潔・独奏曲集』 『信時潔・合唱曲集』 『信時潔・ピアノ曲集』です。

   これらすばらしい 珠玉の選集を 皆さま、ぜひご活用ください。
 


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 北原白秋作詞 信時潔作曲 カンタータ 『 海道東征 』 第七章 「白肩之津上陸」 ■        ◇ 1939.10.17 詩作完成 1940.2 作曲 1940.秋 初演  1941.1.11 録音 ◇

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 ◇ ◇ ■ ◇ あゆみ ◇ ■ ◇ ◇  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
1881年8月19日    ルーマニアにて、ジョルジュ・エネスコ生まれる。
  
1919年8月11日    パリにて、ジネット・ヌヴー生まれる。

1935年3月       ポーランド ワルシャワでの 第一回 ヴィエニャフスキコンクールに
              出場。欧米各国 83名の内、ポーランド人は31名。
              ジネット・ヌヴー グランプリを獲得。15歳。
             
              空前絶後 不世出のヴァイオリニストとして活躍する。

1949年10月28日   ジネット・ヌヴー、北米楽旅の途次、兄・ジャン=ポール・ヌヴー共に
              航空機事故に遇い、大西洋アゾレス諸島 サン・ミゲル島の丘に散華。
              享年 30歳。
              
              墓所は パリ ペール・ラシェーズ墓地の高台、ショパン、モディリア二、
              ピアフの墓の至近にあり、いまなお多くの人々の献花が絶えない。

1952年3月1日     パリにて、ジネット・ヌヴー協会 設立。
              同日午後3時半 パリ、マドリッド街14番地、パリ音楽院内にて
              記念碑除幕式。
              (当HP 巻頭画像=パリにて撮影 1989.10.28)
              シャルル・ミンシュ、ジャック・ティボー臨席。
              のちに、協会、記念碑共に パリ、プレイエル楽堂(Salle Pleyel)に
              移される。
              
1955年5月4日     パリにて、G・エネスコ 逝去。
              ペール・ラシェーズ墓地に埋葬される。

1960年代        フランス ジネット・ヌヴー協会 活動を停止。

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1989年1月28日   野口眞一郎 ジネット・ヌヴー協会ジャポン(SGNJ)設立。


              野口眞一郎 『 近代日本研究通信 』 同人に参加。

     6月       合田泰子 ジネット・ヌヴー墓参
                パリ、ペール・ラシェーズ墓地

  7月18-19日     ジネット・ヌヴー協会ジャポン(SGNJ)ロゴマーク 作成 完成。

              『近代日本研究通信』(11)に 
               ジネット・ヌヴー協会ジャポン(SGNJ)設立を記す。


               SGNJ ロゴマークを発表。



     8月      『そったく』(1)に 「ジネット・ヌヴー協会ジャポンの初発」掲載。

   10月28日     パリ、ペール・ラシェーズ墓地に、没後40年のジネット・ヌヴー
              および ジョルジュ・エネスコの墓参。

              ジネット・ヌヴー生誕の地 ゆかりの地を訪う。

              パリ音楽院 ビブリオテーク・ナシォナール国立図書館に詰める。

              ジネット・ヌヴー通り(RUE GINETTE NEVEU)を歩く。
 
              関係者とともに没後40年を偲ぶ。SGNJ設立に協力・賛同得る。
              数々の貴重史料を得て帰国。

              パリ関係者来日、ホテルオークラにて数多くの貴重写真託さる。
              このとき 故アイザック・スターン ヨー・ヨーマ両氏同席に驚く

    11月      『そったく』(2)に 「ヌヴー  ぼわ・せれすて」掲載。

             『近代日本研究通信』(12)に ジネット・ヌヴー墓参を報告。
              パリ 奮闘紀行を掲載。

             『そったく』(3)に 「NEVEU NOUVELLE」を寄稿。

1991年        シベリウス協会例会にて「草むす屍(フィンランディア賛歌)」披露

   
1991年  秋    『研究通信』に「草むす屍」掲載.「海ゆかば」「海道東征」考 記す。

             シベリウス協会、大束省三氏より「草むす屍」に関し、便り戴く。

                ⇒ ⇒
             http://www.sib-jp.org/kyoukai/frame.html

1992年  夏      CD制作開始。

1993年2月       第1作『 ヘンデル・ラルゴ名奏集 / オンブラ・マイ・フ 』
              (SGNJ-1001)リリース.【レコード芸術・朝日新聞に紹介される】

               G・F・ヘンデルが 1738年に作曲した 歌劇『クセルクセス』
               のアリア「オンブラ・マイ・フ」(ラルゴ)
               1738年といえば 世は徳川八代将軍・吉宗の時代。
               多摩一円 大岡越前守による検地が行われたころです。
               ビクトリア王朝時代「ラルゴ」は 大ヒット曲となりました。
               本CDでは 声楽から器楽 室内楽の名演をコンピレーション。
               1920年の蓄音機時代 SPアコースティック録音から1930
               年代の電気録音。1950年代以降のアナログテープ録音から
               デジタルまでと 奇しくも「レコード文化」70年の録音変遷の
               歴史をたどっています。

              『朝日新聞』のコラム「勝手におすすめ」(1995.12)では、
               世界的ヒットをした カラヤン「アダージョ」よりも
               《時代が聴きたい曲》
               として紹介されました。(記者:横田庄一郎氏)

           E・カルーソ/T・スキーパ/B・ジーリ/L・レーマン/C・クルマン(声楽)
           B・ハリスン/G・カサド/林リリ子・林光/H・カン/B・ブラック(器楽)
           アカデミー室内管弦楽団

             【1992年の制作から早15年。総計12000枚のロングセラー。】          
           
     8月       東芝EMI『エネスコの芸術』リリース。【レコード芸術 推薦盤】

              ルーマニア訪問。ジョルジュ・エネスコを追う。

    12月      『加藤恕彦の芸術』(SGNJ−1004〜6)リリース。
                              【レコード芸術 推薦盤】

1994年3月       北京にて、洗星海(セン・シンハイ)、聶耳(ニエ・アル)を追う。


                * 洗星海:パリ音楽院にて、ポール・デュカに師事。
                  抗日運動に帰国し、カンタータ『黄河大合唱』を作曲(未光然詞)。
                  1945年 モスクワにて病没(肺結核)



                *〔世界のYahoo!〕《中国》を検索してみてください。
                  現代中国の優れた演奏家によります 洗星海のカンタータ
                  の演奏を聴くことができます。

                  日本の 《音楽》に向ける姿勢との差が ありありと歴然で 
                  いかに 信時潔や 伊福部昭 箕作秋吉 平尾貴四男などに向ける
                  あり方が誤ったものであるかを識らされます。

                  われわれは 得難き稀有の至宝の光を曇らせてしまっているの
                  ではないだろうか。
                  無明の闇を除き破る 慧日の光を われわれは 喪失してし
                  まっているのではあるまいか。 

                  筆者にとりまして 『現代日本歌曲選』『近代日本音楽の黎明』
                  の制作に 光いに啓発されたものです。

                  カンタータ『黄河大合唱』「黄河頌」や 合唱曲『在太行山上』に
                  信時潔のカンタータ『海道東征』合唱組曲『桜花の歌』『紀の国
                  の歌』『沙羅』『やまとには』『阿蘇』を想い重ね
                  伊福部歌曲『ブールーブールー』『ブップンルー』をかさねます時 
                  おのずと 吾々の向けるべき姿勢 在るべき様が 覚らされる念いが
                  いたします。

                  われわれの 心の中が求める歓びの究竟とは 果たして
                 《エンタテイメント》なのでしょうか。


                 《心耳を洗い 澄ます》

                 《君聴ケ 煩悩ノ睡リヲ覚シ
                              六塵ノ垢ヲ洗ハシメ…》

                 《耳あらば 人よ聴け》

                  かつて筆者 23歳の大晦日 光堂の鐘楼の宝前で確かに聴いた
                  その《命題》は 50歳を過ぎて いまなお 耳底に響き続けて
                  いるのです。 
    

               
                 * 聶 耳:現在の中国国歌の作曲者として知られる。
                  映画『風雲児女』(1935)の主題曲、「義勇軍進行曲」が、
                  のちに 新中国の国歌に制定された。
                  1935年7月17日、滞日中、藤沢市鵠沼海岸で遊泳中、溺死。



 
   ◎ 北京・中南海に近い、西単(シータン)のレコードショップでは、『黄河』CDを入手
     (激光盤 との表記に驚く)したが、帰国まもなく、日中友好会館内書店にて『黄河』
     『黄河大合唱』(LP盤)を入手。
     同じころ、旧知の中古レコード店倉庫(国分寺市内)の廃棄品の中から、洗星海作曲
     のカンタータ『黄河大合唱』の最初期盤とみられる10インチ盤(1950年代か?)が
     見つかる。同時に、北朝鮮盤も多数入手。  
 
   ◎ 釈註  のちに、インターネット検索の結果、以下の内容が判明。

         新中国は、1949年5月27日上海を解放。二日後の5月29日、レコード工場を
         接収。【 旧パテ社(EMI系)か?
         6月3日には、レコーディングを行い、7タイトルを制作(SP盤)
         6月6日、新中国、初のリリース。
          記録に【 新中国的第一批(回)唱片出版,是新中国唱片事業的開端。】と。

            * かつて 上海百代公司唱片 は インドでプレスしていた。
              百代は 中国読みで 「パイタイ」、フランス・パテである。
              まだ未調査だが フランス租界にあったものだろうか?
              5/29の接収後 6/3 直ちに録音を行い 6/6 にリリースとあるので
              上海での現地製造であったと思われる。

         1958年 6月17日 中国唱片社(国営レコード会社)が正式に成立した。
         この年 9月28日 中国唱片廠(プレス工場)では、自社でLP盤のカッティング
         に成功。【 旧ソ連の技術が導入されたものであろうか?
               細密カッティング=マイクログルーブ を“密紋”と表記。】
         中密紋唱片(註:25cm盤 MPレコード 33 1/3回転/分,片面容量17分)
         第一回リリースとして《黄河大合唱》等、6タイトル。

          【中国唱片厂自行研制成功。中密紋唱片(33転/分,毎面容量17分○)。
         第一批出版的中密紋唱片有《黄河大合唱》等6○。】

         と、記録に見える。入手した25cm盤には「M−001」の品番があり、この
         第一回リリースの中密紋唱片(MP盤)とみられる。
         文化大革命中に集団創作された(1970)ピアノ協奏曲『黄河』の原曲であるが、
         まだまだ演奏技術はつたないながらも、新中国の意気込みが感じられる貴重な
         汎アジア近代音楽史の史料(アーカイヴ)であり、復刻が希まれる。 

       【 註 】 同時期 日本では 日本共産党・中央合唱団による「歌声運動」が全盛で
            関鑑子による指導、井上頼豊、芥川也寸志、外山雄三といったメンバー
            によりレコード・SP盤 ( センターレコードのレーベル名 )が制作された。
             ( プレスは 日本コロムビア )

        
         1959年10月の建国10周年に際し、初めて正式に高水準の『国歌』の録音
         を行い音盤化。
         続いて今日も盛んに演奏されている、ヴァイオリン協奏曲『梁祝』も
         SP盤、MP盤が制作された。とある。

     ★★ 為慶祝建国10周年.録制出版《国歌》専用唱片,改変了建国以来尚无(無)     
         高水平《国歌》録音的状况。
     ★★ 首次録制○○拿演奏的著名小提琴協奏曲《梁祝》并出版粗紋和中密紋唱片。

         聶耳作曲「義勇軍進行曲」(映画『風雲児女』の音楽)が周恩来の断により
         『国歌』として採用されてより10年目の制作。このSP盤も市内にて入手。
         弊協会資料に 1930年代 京劇のSP盤 梅蘭芳(メイ ランファン) 
         1950年代『国歌』『白毛女』『東方紅』ほかのSP盤があります。

   ◎ 中国ではSP盤の製造は1972年まで続けられた。SP盤は【粗紋唱片】と表記、
     (78転/分,毎面容量只有4分○) ソノシートを【薄膜唱片】と表している。


  
1994年12月      Salle Fontaine 泉
             「島根恵ヴァイオリン コンサート」 ピアノ:平尾はるな
               平尾貴四男 没後40年を偲んで。
               バッハ グノー / アヴェ・マリア
               平尾貴四男 / ヴァイオリン・ソナタ
               平尾貴四男 / フルートとピアノのためのソナチネ)」

               ヴィドール / 「組曲」作品34
             -------------------------------------  
               楽器としての蓄音機を聴く
                ―― SPレコードで聴く往年の名演奏  
               国分寺市立いずみホール

              フォノ=アーカイヴ構想を夢みる。取材・蒐集を試みる。

1995年7月       聶耳(ニエ・アル)没後60年を偲ぶ。

              神奈川県藤沢市 鵠沼海岸 聶耳 記念碑を訪ねる。
              地元書肆の一文に 箕作秋吉に 聶耳への献呈作品のあることを識る。   

                 ⇒ ⇒
             http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%B6%E8%80%B3

                 ⇒ ⇒
             http://www.a-gogo.jp/f-npoc/dantai/php/detail.php?id=20394

                 ⇒ ⇒
             http://www.s-n-p.jp/surf_area1.htm

     11月     『RECORDALI』レーベル ロゴ デザイン 起こす。

              フォノ=アーカイヴ構想に拍車かかる。


     12月      朝日新聞夕刊「勝手におすすめ」でCD『ラルゴ名奏集』紹介される。

             「ラルゴ」リピートプレス。 翌正月の初荷となる。

1996年4月       Salle Fontaine 泉
             「三上明子 フルートコンサート」 ピアノ:土田英介
               J.S.バッハ     ソナタ ホ長調BWV.1035

               土田英介  幻想曲 フルートとピアノのための

               テオバルト・ベーム  シューベルトの主題による幻想曲0p.21
               オスヴァルダス・バラカウスカス インプレソナタ  日本初演
               尹伊桑(ユン・イサン) GARAK【歌楽】 

 
               国分寺市立いずみホール

    この春       福井県小浜生まれの詩人 山本和夫氏(国分寺在)に 信時潔の
              風貌 人となりにつき 親しく教示いただく。
              山本氏と蓄音機で『海ゆかば』『海道東征』を聴く。

              詩人山本和夫 都立府中病院で逝去。
              福井県小浜の名刹 明通寺に墓処。
               ⇒ ⇒
       http://www.toyo.ac.jp/enryo/gallery/h12/h12_10.htm

     6月       朝日新聞「人間往来」“蓄音機・75年前の音よみがえる”紹介される。
              アサヒタウンズほか TV取材・記事掲載つづく。
        
             *この頃より、1923年製 米・ビクトローラ2−15型蓄音機をもって
              各地で蓄音機の会を行い 高評を得る。TV、新聞で紹介される。


             『へンデル/ラルゴ名奏集』 リピートプレスかさねる。

      秋       声楽家 波多野靖祐氏より 信時潔 柳兼子につき かさなるレクチャー。
              波多野氏と蓄音機で『海ゆかば』『海道東征』を聴く。
         
     9月       東京MXテレビ『東京にんげん探訪』「心耳に響く一音の力」放送。
              こののち MXテレビ『東京にんげん探訪』制作に協力。
              1998年の番組終了まで、33本を企画・制作。
              三多摩在住の ユニークな年輪かさねる 友人 知人 総出演。

1997年〜1999年  『現代日本歌曲選』(SGNJ−1007・8)を制作。限定・非売品

               石渡日出夫 / 伊福部昭 / 平井康三郎 / 深井史郎
               山田和男 / 箕作秋吉 / 貴島清彦 / 清瀬保二
               橋本国彦 / 間宮芳生 / 牧野由多可


1997年7月4日    「加藤恕彦 還暦コンサート」
              
               序奏と変奏(しぼめる花にもとづく) / シューベルト
               スプリング ソナタ            / ベートーヴェン 
               ノクターン 嬰ハ短調(遺作)     / ショパン
               即興曲   第3番           / シューベルト
                「冥」                  / 福島和夫 

                フルート   阿部博之 
                ヴァイオリン 泉原隆志
                ピアノ    村松珠美
                朗読     野間洋子   
                 市谷 トモノホール

     9月10日    Salle Fontaine 泉
             「ウィーンへのいざない コンサート」
               ピアノ:佐藤裕子・村松珠美
                ブラームス/シューベルト
                 国分寺市立いずみホール

              福岡県柳川 白秋生家(北原白秋記念館)に赴く。

             『海道東征』 独・英・ローマ字版「KAIDO TOSEI」を入手。


1998年10月15日  『加藤恕彦留学日記』(聖母文庫・聖母の騎士社刊)
               グラビア構成を担当
               ⇒ ⇒
             http://www.seibonokishi-sha.or.jp/mybooks/myfrm11.htm

               ⇒ ⇒
             http://www.seibonokishi-sha.or.jp/

1999年3月7日     「東欧の風 ―― モンゴルからの音楽家を迎えて」
              (むさしの楽友会 春のコンサート)
             I 東欧音楽の魅力 
                ドヴォルザーク / ジプシーの歌より
                ヴィニャフスキー / マズルカ
                チャイコフスキー / 涙に震える
                コダーイ / ハーリ・ヤーノシュ より
                バルトーク / 6つのルーマニア民族舞曲
              −−−−−−−−−−−−−−−−−−−
            II ビクトローラ蓄音機に聴く 東欧音楽の楽しみ
              −−−−−−−−−−−−−−−−−−−
            III モンゴルの近代音楽
                コンチングスムラー / トリオ
                ジャンツァン・ノロブ / 歌曲「人生の道」
                ジャムセン / チェロ独奏曲「メロディー」
                チェルーン / ヴァイオリン独奏曲「変奏曲」


                チュルーン・チンバット     (Vn)
                シルネン・ドゥラムスレン     (Vc)
                チャドゥラーバル・トゥンガラック(Pf)
                梅津よし子      (メゾ・ソプラノ)
                太田和子            (Pf)
                小岩井美幸           (Pf)
                村松珠美            (Pf)
                山根春夫          (バリトン)
                野口眞一郎          (蓄音機)
                 武蔵野市民文化会館

1999年4月       映画『虹の岬』音源協力 E・カルーソー「ラルゴ/オンブラ・マイ・フ」
               東宝作品 主演:三国連太郎 原田美枝子
               
     
1999年年4月25日  『加藤恕彦 ラストコンサート1963夏』(SGNJ-1009)リリ−ス。
                             【レコード芸術 準推薦盤】
               バッハ:管弦楽組曲第2番/A・ドラティ 指揮
               モーツァルト:フルート協奏曲第1番/L・フレモー 指揮
               モンテ・カルロ国立歌劇場管弦楽団 演奏
             ⇒ ⇒
             http://homepage2.nifty.com/hayashi_hikaru/newpage33-29.html

      7月      NHK=千葉県女性センター「ミーツ ザ ウーマン シアター」制作 執筆 
               (広瀬修子アナウンサー 朗読)【千葉県柏市柏の葉台 東京大学 かしのはキャンパス 隣接 】に設置。
                   ⇒ ⇒
             http://www.chp.or.jp/jiritu/6-4-4-2-1.htm

      夏       企画・制作者 入院。

      秋       作曲家 中田一次氏立会いのもと「海道東征」再現編集
               (赤坂/デジタル・ビーコム 岩田技師)
                阪田寛夫氏  團伊玖麿氏に 献呈
             * 楽章ごとに 波音を入れたり 実験的編集であった。
          

2000年1月       京都嵯峨野・寂庵 瀬戸内寂聴 読経・法話を EMIスタッフ録音。

     4月      『痛快!寂聴仏教塾』(CD付)上梓。【集英社インターナショナル】
              高品位の制作に高評を得る。
              23万部のベストセラー ロングセラーとなる。              ⇒ ⇒
         http://www.aritearu.com/Influence/Francis/Saint/Buddhism.htm

      夏       伊福部昭「ギターのためのトッカータ」を、デジタル初復刻

     9月       武蔵野市民文化会館中ホールにて、EMIスタッフにより、蓄音機録音
              を行う。<未CD化>

              フォノ=アーカイヴ構想 つのる。


      秋      『阿部保夫ギター芸術の世界』(SGNJ−10016)リリース。
                            【レコード芸術 推薦盤】

     12月      企画・制作者 再入院。

2001年1月      『近代日本音楽の黎明』シリーズ制作開始。

     4月       中田一次 帰天
               中田師作曲「讃美歌427番」にてお送りする。
               三鷹・禅林寺にて葬儀
               畑中良輔氏参列 

              この日「レコルダリ」を 日本フォノ=アーカイヴ協議会 レーベルと定める。 

     4月      『近代日本音楽の黎明』 「信時潔・ビクター1930年代篇」
                          マスタリングを行う。<未CD化>



              ◎ 信時潔(ビクター篇)収録曲◎
                1)あかがり    2)いろはうた〜越天楽の旋律による(一)(二)
                3)春の弥生    4)あやつり人形   5)黎明の歌
                6)風に乗る    7)妻の言葉     8)送別の歌
                9)大寺の     10)海ゆかば


     7月       横浜・島田研究所(島田貴光技師=故人)にて SP復刻を試みる。
              息を呑む「音相」に 制作の意を強くする。

              ⇒ ⇒
             http://www.rosenkranz-jp.com/Information/other/The_visit_to_an_audio_house_to_worry/kininaru_14.htm

     9月      「伊福部昭・青春の自画像(東芝EMI篇)」
                        マスタリングを行う。<未CD化>



              ◎ 伊福部昭(東芝EMI篇)収録曲◎
                1)日本組曲・七夕 2)日本狂詩曲
                3)土俗的三連画  4)交響譚詩
                5)古代旋法による踏歌
                6)ギターのためのトッカータ
                7)伊福部昭 讃  8)伊福部昭 讃
                               


2002年2月       企画・制作者 著しく体調を崩す。

     4月       企画・制作者 入院 検査。

   5月〜11月      映画『スパイ・ゾルゲ』(篠田正浩監督・東宝)に 美術・音源協力。
               ⇒ ⇒
             http://www.spy-sorge.com/

              映画劇中 随所に 工夫 仕掛け多数(DVD発売中)
               史実に沿い ゾルゲの愛聴盤
               モーツアルト ヴァイオリン・ソナタ を考証   
               Vn:シモン・ゴールドベルク Pf:リリ・クラウス
               日本コロムビア・東芝EMI 協力


     8月1日     日本テレビ「午後は○○おもいッきりテレビ」
              “今日は何の日〜信時潔の亡くなった日〜”に 史料・音源協力。
             * 日本コロムビア 原盤協力



      夏       NHK-BS「よみがえる作家の声」制作協力・監修
               (広瀬修子アナウンサー朗読)



      秋       企画・制作者、入院。

              大阪・中之島 日本基督教会 大阪北教会 森田幸男牧師より
              『大阪北教会百年史』ご恵送いただく。 

     10月      企画・制作者、手術。 

2002年12月      阪田寛夫「信時さんの軸足」 文藝春秋十二月臨時増刊

2003年1月       松竹=NHK=ビクター の依頼に、鎌倉文学館にて 
              小津安二郎旧蔵SP盤50枚の復刻を行う


2003年2月      「近代日本音楽の黎明」信時潔(コロムビア篇)
                        原盤マスタリング 行う。<未CD化>


             ◎ 信時潔(コロムビア篇)収録曲◎
               1)をみな子よ    2)幻滅       3)つなで
               4)忘れな草     5)旅の歌      6)渡り鳥
               7)あかがり     8)深山には     9)花すみれ
               10)大島節     11)君と別れて   12)いろはうた
               13)故郷の翁    14)子等を憶ふ歌  15)阿蘇
               16)桜花の歌    17)痩人を嗤ふ歌2首


2003年2月       谷川徹三著(哲学者=詩人谷川俊太郎厳父)「続 東洋と西洋」を入手
              阪田寛夫氏にコピー(信時潔「海ゆかば」「海道東征」言及の部分)送る。

              阪田寛夫氏より 葉書いただく。(谷川徹三著作コピーについての返礼)
 

2003年 冬〜      松竹=NHK-BS「生誕100年小津安二郎特集」
                           サイレント作品(音声版)制作。現存16作品

                   ⇒ ⇒
             http://www.ozu100.jp/

               演出:田中康義 ナレーション:竹下景子・寺田農・佐野史郎ほか

2003年6月       モーストリークラシック(産経新聞社) 「篠田正浩監督インタビュー」
         
            * この頃より 企画・制作者 再入院・治療。その後 長期にわたり静養。

2004年1月末      「信時潔 生誕の地 日本キリスト教会 大阪北教会を訪ねる。
               森田幸男牧師 信徒方に挨拶。午餐会にて 信時潔について語る。
              (大阪市北区中之島4丁目 * 大阪市立科学館前)

                 ⇒ ⇒
             http://homepage1.nifty.com/kita-kyokai/

               阪田寛夫氏の実家(江戸堀) 阪田インキを訪ねる。
                 ⇒ ⇒
             http://www.inx.co.jp/kaisha/enkaku.html 

      春〜      北海道河東郡音更町 音更町図書館
              「作曲家 伊福部昭記念室」開設に協力。
               関係資料蒐集活動に協力。

              リハビリを兼ね 静養の傍ら、
              ゴジラ・大魔神などのフィギュア等製作に努める。

              音更図書館 青山昌弘 舘長(作曲家)より
              『音更町史』ご恵送いただく。 

2004年10月     『成田山仏教図書館報』に「心耳に響く一音の力」掲載される。(20枚)
                 ⇒ ⇒
             http://naributto.michikusa.jp/sub1.html

2004年11月3日    北海道河東郡音更町図書館にて、「ゴジラ 生誕50年記念展示」
               伊福部昭音楽資料室開設に先立ち、G・N協会寄贈資料多数展示。

                 ⇒ ⇒
             http://www.library.ne.jp/otofuke/osirase0.htm

             ⇒ ⇒
            http://www.tokachi.co.jp/kachi/jour/05ifukube/index.htm

2005年1月〜     「近代日本音楽の黎明」の一環として
               キングレコード『海ゆかばのすべて』企画・制作協力。
               解説書に「銀幕の海ゆかば」掲載
                 ⇒ ⇒
             http://home.netyou.jp/ff/nobu/page026.html

2005年3月       阪田寛夫 帰天
                 ⇒ ⇒
             http://d.hatena.ne.jp/vzf12576/20070503

2005年6月22日   『海ゆかばのすべて』リリース。
                 ⇒ ⇒
             http://www.kobe-np.co.jp/rensai/cul/313.html

2005年7月      「近代日本音楽の黎明」制作 復活に努めるも中断を余儀なくされる。

              以降、復帰焦るを慎む。尚も静養に専心する。

2005年7月11日   『高野山時報』第3044号に
              「作曲家 信時潔 没後四〇年
               音楽は藻の花のごとく (1)」掲載
 10枚
           ⇒ ⇒
           http://www17.ocn.ne.jp/~koyasanp/MyPage/album_show5.html?page=1

2005年7月17日    ニエ・アル没後70年。

               上海時代 聶耳による オリジナルSP録音 復刻試作。音質を改善。
                 ⇒ ⇒
             http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%B6%E8%80%B3

                 ⇒ ⇒
             http://www.a-gogo.jp/f-npoc/dantai/php/detail.php?id=20394

                 ⇒ ⇒
             http://www.s-n-p.jp/surf_area1.htm

2005年7月21日   『高野山時報』第3045号に
              「作曲家 信時潔 没後四〇年
               音楽は藻の花のごとく (2)」掲載
 10枚
           ⇒ ⇒
             http://www17.ocn.ne.jp/~koyasanp/MyPage/menu5.html                

2005年8月1日     作曲家 信時潔 没後四〇年
               記念演奏会「信時潔の夕」不調により紀尾井ホールにたどり着けず。

   11月27日      J:com東京テレビ『得ちゃんの一丁目1番地』オンエア
             「時の壁を越える 音楽」をテーマに 11週放送。

     〜2月18日                 ⇒ ⇒
             http://www.jcommunity.net/top/information/index.php

2005年12月2日    朝日新聞 多摩版に
             「信時潔1000曲 HPに 楽譜整理、リスト公開」
              ― 駅で「電車ごっこ」流しては 野口さん提案― 掲載

    12月26日    朝日新聞 多摩版に
             「蓄音機の響き楽しむ夜」掲載 

2006年2月10日    朝日新聞 多摩版に
             「電車ごっこ 発車音に・JR西国分寺駅」掲載 

     2月8日     伊福部昭先生 逝去

     2月20日    恩師 入江伸先生 逝去

     3月27日    東京新聞 都内版に
             「蓄音機を楽しむ」掲載     

     4月2日     武蔵国分尼寺址 黒鐘公園 さくらまつり

     4月6日     朝日新聞 多摩版に
             「武蔵天平の郷 商標に」史跡生かし町づくり 掲載

     4月8日     本多花まつり・展示 「本多ゆかりの作曲家 信時潔さん」 祥応寺

     4月9日    「万葉花まつり 薬師堂コンサート 信時潔」

     4月12日   「にしこく文化地帯」速報   発行 むさし商興会

     7月3日     大学ゼミ 「仕事と病気と地域活動」 東京経済大学
             ⇒ ⇒
             http://www.tku.ac.jp/news/detail.php?kbn=N&articleID=NW00371&secID=1
                               担当:福士正博教授

     7月11日    蓄音機 童謡コンサート   泉町児童館

              蓄音機による音楽童話「ある島のきつね」 泉町児童館
             浜田廣介 作 八木伝(やぎ つたえ)作曲 森繁久弥 朗読


     9月9日     朝日新聞 多摩版に
             「蓄音機携え地域うるおす」掲載


     10月      みにこみ国分寺「武蔵天平の郷」国分寺市商店会連合会

              蓄音機による音楽童話「紙芝居版・平太と狼」 泉町児童館

     11月3日    Salle Fontaine 泉
             「武蔵天平の郷・信時潔 音楽の夕べ」

               ピアノ:藤澤弥生 増山歌子
               フルート:那須川進

               信時潔作曲 『木の葉集』
               カンタータ『海道東征』より「大和思慕」(フルート独奏版 初演)
               『沙羅』より「ゆめ」

               国分寺市立いずみホール

     11月4日    朝日新聞 多摩版に
             「武蔵天平の郷 ブランドに掲げ掲載

     11月6日    国分寺まつり・武蔵国分寺公園  国分寺市

     11月      特別講義 「地域コミュニティ講座」 東京経済大学 福士正博教授

             「蓄音機 コンサート 」 内藤地域センター

     12月12日  「クリスマス 蓄音機 コンサート 」 奈良県代官山iスタジオ

             「クリスマス 蓄音機 コンサート 」 泉町児童館

     12月16日   Salle Fontaine 泉
             「ベートーヴェン Vn協奏曲 初演200年 コンサート」

                ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲 全曲
                 《 フリッツ・クライスラー Vn 》
                シューマン   ヴァイオリン・ソナタ 第2番
                 《 ユーディ・メニューイン Vn 》
                モーツァルト  ヴァイオリン・ソナタ
                 《 シモン・ゴールドベルク Vn 》
                ジネット・ヌヴー、ジョルジュ・エネスコの小品 など

               国分寺市立いずみホール

2007年1月28日    信時潔生誕の教会 大阪北教会 新会堂完成 献堂の式
              ⇒ ⇒
http://homepage1.nifty.com/kita-kyokai/kyokai_shashin.htm

2007年3月1日    「ひなまつり コンサート」 泉町児童館

 
     3月14日    朝日新聞 多摩版に
             「名曲喫茶でんえん 50年」掲載

   3月18日〜24日 「得ちゃんの一丁目1番地 喫茶でんえん 50年」J:com東京
               取材協力:さいとう・たかを 永島小百合



     4月1日    「信時潔 生誕120年記念コンサート」  /ラミュール
              ⇒ ⇒
http://kokubunji.shop-info.com/web/closeup/lamure/lamure.html

     4月3日     朝日新聞 多摩版に
             「信時潔 生誕120年記念コンサート」掲載


     7月24日    朝日新聞 多摩版に
             「史跡めぐりに一息 市民がおもてなし 」掲載




2007年12月29日   信時潔 生誕120年



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 ■ 日本フォノ=アーカイヴ協会レーベル  ■ 

   『 RECORDALI レコルダリ 』 について



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『1995年秋 エネスコ 加藤恕彦 現代日本歌曲選 等 一連の復刻制作作業を通し
しみじみ フォノ=アーカイヴの必要性 重要性を痛感したことと その間の様々な 技術的駆使の数々を眼の当たりにしたことから より高次の復刻を模索するに到った。
丁度 アナログからデジタルに移行する 時代の端境期であり オリジナル原盤の経年劣化の危機もさることながら、相次ぐ天災のみならず 世代交代の時期にも当たっており、コンテンツ保管に向ける理念の喪失 技術不足等 さまざまな認識欠如を起因とする 廃棄の恐れや安易なコンピュータ処理等等、不測事態発生の危惧に 現場での危機感は 深刻につのるばかりだった。 
この間 EMI STUDIO TERRAの池田彰技師には ひと方ならぬお世話になり 啓発 教示いただくこと多かった。
大胆な実験的申し入れの数々を 夢ではなく 幻ではなく 彼方のものでなく 常に「彼岸=悲願」を 実存のものとして「かたち=音」として蘇えらせてくださった。
劣化の危機にあった 山田一雄指揮による 伊福部昭『日本狂詩曲』『交響譚詩』の 東芝オリジナル録音(1961)は 今では得られない 数々の見事なアナログの秘技により 新たな命を獲た。
『ギターのためのトッカータ』のデジタル初復刻に際し 伊福部先生から
「一同 深謝に耐えない」のお言葉を賜り 恐縮したものである。
はからずも 2002年 米寿をむかえられた伊福部先生に 池袋・芸術劇場でお目にかかることができた折 改めてのごあいさつを させていただくことができた。
先生から 優しいねぎらいと 数々の励ましをいただいたことは そのころはまだ原因不明のままに 闘病をかさねていた私の何よりの薬効となった。    
多くの「仕事師」たちの愛情あふれる「物創り」の「夢工場」は 映画の世界だけではなかった。

また 故島田貴光技師の 勝れた再生『術』には忘れ難いものがある。
病を得られ、お具合の悪い中にも 息を呑む 素晴らしい『音相』を示された。
私も大病を得 漸くに脱しつつあるが 氏のご逝去の衝撃に 今なお立ち直れずにいる。⇒ ⇒
http://www.rosenkranz-jp.com/Information/other/The_visit_to_an_audio_house_to_worry/kininaru_14.htm 

1995年11月、レーベル『RECORDALI』(レコルダリ)を構想、ロゴデザインを立ち上げる。
「MUSAEUM MUTUS」のサブネームは その後の活動のテーマともなり 後の「日本フォノ=アーカイヴ協議会」構想にむすぶ。
レコルダリとは「魂から魂に伝える」の意。
「MUSAEUM MUTUS」は「沈黙の殿堂」=歴史のかなたに沈んだ 博物:コンテンツ/ソフトウェア=の霊魂 とでも謂おうか。
古来 わが国の文化の根幹に滔滔と流れる『言霊(ことだま)』観とともに 音の御霊(みたま)と謂うべき『音霊』の大切さの認識を革たにするばかりだった。
その意味からも 古代豪族の末裔である伊福部氏(息吹部・火吹部氏とも)の世界や
記紀・万葉・古今の世界と西洋樂技法を見事に 円融(えんにゅう) 影現(ようげん)させた 信時潔の音楽宇宙は 稚い私にとって きわめて新鮮な 音体験だった。   
この月、團伊玖麿氏から
「徒らに古いSP盤の再生にこだわるよりも 信時潔先生が作曲された
 たくさんの すばらしい埋もれた万葉作品の発掘を」と促される。
『近代日本音楽の黎明』制作のはじまりであった。

体調を崩して以来 早7年目の長い空白である。まだまだ制作に復帰するには充分ではない 心身の力不足を痛切に感じている。
この間 常に変わることなく 親しく御指導 ご教示くださった方々も ずいぶんと幽明を異とされ 寂しいばかりである。 

現在は ただ いたずらに無聊に苦しむことなきよう努めている。
目下 旧作のみにての 活動状態ではあるが 振りかえれば どの作も 多くの優れた『技』の結集であり「音」「ビジュアル」 ともに手を抜かぬコンテンツ揃いである。 
心ある リスナー各位に 是非とも耳にしていただきたいと願っている。

『耳あらば 人よ 聴け 』〔今春聴和上〕
 
亡き恩師のお言葉に 励まされながら。
                          2005.8.16



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